競技麻雀の目無しのときどうの

目無しが発生するルールが悪い。以下、ある程度麻雀知ってる人以外には読む意味ないです~。

(日本ローカルのいわゆるリーチ麻雀)麻雀は本当に国内でのゲームの浸透度や競技人口にしてはローカルルールが多くて、普通そういうのってほげほげ協会とかいわゆるプロが存在して解決するんだけど、そのプロが団体いっぱいあったりしてバラバラだからね。サークル活動と大差ないのでは?なんて言われてしまう理由はここいらにもありますよ。

で。ルールというのは改訂されます。何か不都合が生じたときとか、時代のニーズや大人の事情で「今後は〇〇という方針にしましょう」なんて。普通ね、大雑把に言って「競技会」の形式をとるものは、ちょっと詳しいつもりの参加者・観戦者でも知らないような、細かい規定が存在します。不備があると競技の意義自体がぶれてしまう事もありえるので、こまかーく書いてあるのです。書いてない事態が起こったら、その場で権限を持つ人が裁定したりするのです。以上当たり前の前提として。

競技者のルール内の自由に制限があります。国家の礎たる言論の自由や財産の所持にも制限がありますんですから、不思議じゃない。端的には八百長くせえとつまみ出されるとかそういうの。プロとしてそれはどうなの?とか言われちゃうやつ。

http://fukuchi.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-ae00.html

ご本人の意見はこちら。

http://npm2001.com/apology.html

で?天和だったらあがるの?別に自摸切り以外しないと明示しているわけでもないから、あがってもルール上良いんじゃないかな、ルール上。配牌取ったら役満聴牌してました、直撃条件の人から出ました。あがるの?流石に恥ずかしくないですか。プロフェッショナルにはその哲学があって然るべきだろうけど、単純にこの発想は突っ込みどころが多くて深く吟味されてない印象を受けるし、なによりも「目無しになったので」という所に説得力が足りないと思う。ルール上OKかどうかなんてどうでもいいだろ。ルール上OKだから議論になってる。NGだったら除名だ。

ではこういう行為の禁止をルールに盛り込めるか。ちょっと考えれば難しいってわかる。では端的に、目無しになる状況が発生しないようにルールを変更することはできるか。これも難しい。最後の局はあがり打点100倍です、みたいなルールにならないか。

ゲームに関するブログなので、ここはゲームにその解決策のヒントを得ましょう。所定のターン数が終わったときに持ち点の一番多い人が勝ちのゲーム。そう、桃太郎電鉄です。あれもゲームのシリーズが進むにつれ借金がゼロになったり持ち金を交換したり、えげつない効果のあるカードが登場するようになった。あまり新しいのはプレイしてないけど、賽の目任せで移動して資本を蓄える、という本質からは離れたところで勝敗が動いてしまうようなこともあるだろう。してみると目無しなので自摸切りしますっていうのは、どんなカードが手元にあってもサイコロ降ってランダム移動します、みたいなもんか。とても公平には程遠いなあ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)